205日目
私は6:10頃起床。昨夜は0:30頃就寝。
奈津子は5:10頃起床。昨夜は21:30頃に就寝。0:40頃と4:00頃にトイレに行った。
今日は午前に作業療法、午後に理学療法があった。
作業療法では、「ココアマロンロールケーキ」を作った。これが入院中、最後のお菓子作りになる。慣れないオーブンを使ってロールケーキの生地を焼くことを不安に感じていたが、上手く焼けたそうだ。「最後に、美味しいお菓子を食べてもらえて、良かった」と奈津子。
お昼ご飯の後、30分間ほど昼寝をした。
理学療法では、ルーティンの後、電極を付けて、歩行訓練をした。屋外歩行の予定だったが、雨が降ってきたので、屋内での歩行訓練になった。病棟を周回した後、階段昇降をした。今日も「右足をしっかり粘って、左足を出すのを極力遅らせる歩き」を心掛けた。リハビリ室に戻ってから、歩行速度の測定をした。いずれも10mの移動で、歩行10.8秒、早歩き8.4秒、小走り9.3秒だった。小走りが普通の歩行より速いものの、早歩きには劣る。この辺は、現状、ダイナミックな動きの制御が追いつかないので、仕方のないことなんだろう。最後に腕を横から上げる練習をした。
湿布治療で15分間、仮眠した。
冷やしていたロールケーキをカットしたが、その出来栄えに満足したそうだ。奈津子はこの入院期間に30品目のお菓子を作ったことになる。「たぶん私の記録を塗り替える人は未来永劫現れないだろう。でも、こうやって好きなことをリハビリに積極的に取り入れてもらったことは、本当にありがたかった。手腕のリハビリが楽しみながらできた。」と奈津子は言っていた。最後に、お菓子作りの道具の片付けをしたそうだ。
奈津子の左顔の変化は、最近でも確認できる。ただ、4、5日とか10日くらいの周期で左右差が無くなる。
以前考えていた仮説だが、最近読んだ文献で、どうやら違うことが分かった。大脳皮質の運動野から脊髄を経て骨格筋に至る軸索、神経線維の束は「皮質脊髄路(ひしつせきずいろ)」と呼ばれる。大脳皮質→皮質脊髄路→脊髄→筋肉という一連のつながりで、筋運動を制御している。脳が損傷した場合、既存の皮質脊髄路は脱落し、様々なパターンで再編される。リハビリを施すことで、ニューロンの軸索や樹状突起、シナプスの接続、神経伝達効率が変化し、脱落した皮質脊髄路にとって代わる新たな皮質脊髄路を形成する。ラットなどのげっ歯目を用いた実験では、その再編の様子が確認出来るそうだ。その中に、脳挫傷した場合の再編のメカニズムが書いてあった。「脳挫傷モデルにおいて皮質脊髄路の可塑的な変化を観察した。マウスにおいて片側の大脳皮質の運動野を広範に損傷すると皮質脊髄路が脱落する。皮質脊髄路の軸索は脳幹部において交差して脊髄へと伸長するため、損傷と反対側の前肢の機能が障害された。しかし、数週間たつと運動機能は徐々に自然回復した。損傷部と反対側の残存した皮質脊髄路を調べたところ、頸髄において多数の発芽が起こっていた。これらの軸索は正中をこえて反対側へと伸長して脊髄のニューロンと接続し、新たに大脳皮質から筋肉へと連なる神経回路を形成していた。」とあった。ここを読んで、私は少し驚いた。
ヒトの場合、脳挫傷と脳梗塞の神経回路の再編は少し違うのかもしれない。ただ、同じ哺乳類なので、同じような機序で再編が果たされるのかと考える。少し強引に、このモデルを奈津子の左脳損傷に置き換えると、運動機能を失った右側の各骨格筋を、右脳から新たに形成された皮質脊髄路が、脊髄を通って、左半身を支配する左側から正中を越え右側まで軸索を伸ばし、右の骨格筋に接続していることになる。繋がっているのは繋がっているが、本来の繋がり方とは異なるし、やはり反対側の右脳が、右半身を支配していることになる。ただ、こうした研究はまだ分かっていないことも多い。
肩痛と上手く付き合えるようになってからも、時折、奈津子の顔に左右差が出現し、しばらくすると寄り付くように収束することを繰り返しているように見える。リハビリの進捗とともに、繰り返し行われる「ボディースキーマの見直し」「神経回路の再編」といった奈津子の中の変化が、左顔に投影されているのだと私は勝手に考えている。
奈津子の退院まで、あと2日。
ココアマロンロールケーキの作業工程
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