9日目
今日は比較的顔色がいいが、表情はだるそうで疲れている様子。やはり、会話中のあくびが多い。一番気になったのは目に力が入っていないことだ。
午前中熱が出ていた。
やることがなくてつまらない。そう言っていた。スマホの操作は疲れてしまうので、動画やニュースサイトを見たりするのも億劫なのだろう。普段は、情報サイトで無料で立ち読みができる漫画を自分のスマホで読んでいたが、それも気が進まないようだ。
イヤホンを2日目か3日目くらいに差し入れていたが、どこにあるのか分からないという。音楽やAbemaニュースとか音だけでも聴いてみてはと言うが、あまり乗り気にならない。そこに至るまでイヤホンを出してもらったり、操作したりするのが面倒なのかもしれない。傍に行ければ何とかなるが、手の出しようがないのがもどかしい。
もう少し体の自由が戻れば、できることも増えるかもしれないが、今しばらく仕方ないのかもしれない。
この日まで、炊き込みご飯に入っているもの以外の野菜はブロッコリー、スナックエンドウ、アスパラなどを適度に加熱したものだけだった。
そこで、昼食に新しいメニューを提供したが、思っていたより食が進んだ。左手に持つフォークで食べることができ、咀嚼しやすいもので、なるべくボソボソしないもの、かつ奈津子の食欲を満たすものという難題である。
一つ目は、豚のしゃぶしゃぶ肉と白菜のミルフィーユをヒントに、白菜を下茹でしたものの軸を薄くスライスし葉を平にし、豚肉を載せくるくるとなるべく細めに巻いてレンジで加熱したものを作った。それを一口大にカットしてやれば、フォークで食べやすいはず。また、炊込みごはんの鶏肉とアサリ、マヨネーズくらいしか動物性の蛋白質と脂質をとっていなかったので、他のものを何かとも思っていた。
2つ目は、茄子をレンジにかけ、フライパンで表面に焼き色を付けたもの。
3つ目は、咀嚼の訓練目的で、絹豆腐の小さな厚揚げを半分に切り、茄子と同様、焼き色をつけた。
この3つをポン酢で食べてもらった。
おなかいっぱいで厚揚げとバナナが、食べられなかったが、他は食べれたそうだ。その報告に私はホッとした。「おなかがいっぱいで、食べるのが大変だった」と言っていた。多少、奈津子なりに無理をして胃に入れているのだろう。調理法は、また何か思いつけばいいが、正直その自信がない。なかなかに難しいのである。
食材の構成的に、例えば生のトマトや葉物を加えて食べれば、栄養管理的にはかなりバランスが取れそうな気もする。
欲を言えば適度に海藻やエビや魚など食べさせたいところではある。鮭とわかめの入ったおにぎりを食べてもらうくらいしか思いつかない。
作ったことはないが、サラダラップの超細いやつを作って輪切りにするか長いまま手に持って食べさせるか。それより、生のキュウリや、トマトをカットしただけのものを先に食べさせるか。悩ましいところだが、どっちも拒否されそうな予感がする。
元来、我が家の食卓ではサラダをよく食べている。大きなボールに、レタス、ボイルしたエビとタコ、焼いたキノコ、玉ねぎ、枝豆、トマトなどを盛り、適当に手作りしたマスタードドレッシングをかけ、ざっくり混ぜてトングで取り分けて好きなように食べていた。奈津子も好きで、「おいしい」と言いながらよく食べていたのだ。
ただ、これと同じようなものを今提供しても、多分食べないのだろう。
うまく言えないが、奈津子は口内調味を楽しんでいるかのように、自ら選んだ複数食材を組み合わせて箸に持ち、マルっと頬張る様な食べ方をよくする。例えばレタスにタコとトマトを載せて、それを口の中に入れるとか、そういった食べ方だ。
奈津子に問いかけると、まだサラダは食べられそうにないという。現状、左手のフォークで思うような食べ方ができないわけで、そこが本人ももどかしく忸怩たる思いがまず到来し、サラダにひるんでしまうのではないか。食材がみんな敵になってしまうような、そんな感じだ。もっとも、これは想像であって本意はまったく違うのかもしれない。
悩んでいてもしょうがないので、ひとまず、くるくる巻いた野菜のレシピを別に何か考えることにする。フォークで口に入れやすく食べられそうなものを考える。医師の判断という計らいを受けた今、これは誰でもなく私のミッションなのだろう。
熱が出た以外はあまり体調が悪い様子はなかった。夕方会話した時には眼に力が戻っていたようで、顔全体の雰囲気もよく見えた。見た目、眼鏡をかけてなかったからそう感じただけかもしれない。だが、多少右の顔にテンションが戻ってきた様にも感じる。一番悪いときは完全に重力負けし、右半分がだらんとしていたが、少しだけ改善された様にも見受けた。なんとかこのまま落ち着いてほしい。
奈津子は「暑くなったね。そろそろお義母さんの布団と敷きパットを替える時期なので、探して替えてあげて」と言っていた。確かに今日は、天気がよかった。
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